小松益喜を語る

伊藤誠 南風対談 わが青春の日々 森田修一
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「戦争画はボクの作品とは認められぬ」

右手前の草むらに倒された英連邦兵、その胸に銃剣を突き立てる日本兵は草木で迷彩をしているため姿定かでないが返り血を浴びている。

しかし白刃は、草に隠れるように描かれて定かでない。ずっと奥には、どうやら逃げおおせそうな英連邦兵が一人、小さく背中を見せる。

『…偵察隊の活躍』についての知識を持つ者ならそれとわかるのだが、そうとは知らない人が小磯さんのこの絵をぼんやり眺めていると、何気ない風景画のように見過ごしてしまうであろう。画面上半分は、雨期近しを思わせる明るい南国特有の雲海と、遠く地平の彼方まで続く水田とその合間を縫うような河の光。ぽっとこの絵に出会ったとしたら、その「南方風景」に思わず知らず目を奪われ、手前の丘の草むらでの死闘を知らずして通り過ごしてしまうかも知れない。

どうやらこの絵は、「戦闘(殺し合い)場面を描くように」との軍報道部からの強い要請を拒みきれず、小磯さんが止むを得ず措かれた唯一の「残酷な格闘と屍体」の絵であるらしい。軍の強要に対する彼の人らしい「抵抗」が、『…偵察隊の活躍』を一幅の「南方風景」に溶け込ませてしまったと言えないか。皆殺しでなければならない場面であるのに、軍報道部の目をも欺き一人の敵兵をそっと逃がそうとなさるなど、いかにも小磯さんらしいヒューマニズムを感じるのは、私だけであろうか。

私はこの絵を名付けて、「小磯流反戦だまし絵」と称している。