小松益喜を語る

伊藤誠 南風対談 わが青春の日々 森田修一
廣田生馬 和田青篁 父を想う

「そのロマンの根源は坂本竜馬…」

戦後、ご母堂の最期をみとられるため画壇への復帰が遅れたとはいえ、当時日の出の勢いだった内田巌(新制作協会)さんたちの「社会主義リアリズム美術運動」を歯牙にもかけておられないのは、小松さん独白の絵画的資質の聖域を、ご自身が破ろうとなさらなかったことを物語るものであろう。小松さんの絵画的資質に思いをいたすならば、たとえば東宝争議をモチーフにした内田巌作『歌声よ起これ』などが、いかに彼の人のそれとは異質なものであるか。小松絵画を愛する方なら、じゆうぶん納得いただけると思うからである。

私が小松益喜さんたちの『平和美術展』に時事風刺マンガを出展していた頃、昭和43(1968)年の秋頃であったか、展覧会打ち合せのため六甲アトリエにうかがったときのことである。いつしか話がケーテ・コルビッツの、「ドイツ農民戦争」をテーマにした版画のことに及んだ。すると小松さんは、先年訪問の東ドイツ=ドイツ民主共和国(当時)から持ち帰られたコルビッツのぼう大な版画集を書架から取り出されると、打ち合せ会に集まった私たち数人の者に見せながら、こうおっしゃったものである。

キミたちはえらく気に入っているらしいが、こんなむき出しの「闘争画」というのはボクの性に合わんのでね。嫌いだね、このコミュニスト画家の絵は…。

小松さんの口からこんな言葉が飛び出そうとは、思ってもみなかった参集者はみな唖然としたが、同時に小松さんご自身の絵画的資質の「身の程」をうかがって、みんなやがて粛然となってしまったことを覚えている。