益喜を語る

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「左翼運動の後遺症」をかかえて

いつかの『平和美術展』の打合せの時には、こんな突拍子もない提案が、小松さんから飛び出した。

『平和美術展』も、県や市に認めさせるには、賞がいるなぁ。ボクが、知事や市長にかけ合ってやるから、そうしようよ。

これには、私よりも先に、吉見敏治(自由美術協会)さんが、猛反撃を加えた。

小松さん、何をさもしい根性してるんですか。ボクらの展覧会は、ひろく市民に開かれたアンデパンダン方式が値打ちやないですか。それを、なんですて、賞やなんて、しょうもない。小松さんともあろう人が、そないに賞を入れたがるんやったら、ボクこの展覧会降ろさしてもらいますわ。

いずれの場合も、こちらがただちに反論すると、小松さんは、「すまん。悪かった。ボクの思い違いだ。絶交なんて言わんでくれ」と、 ただちにその場で、素直に謝られるのだが、これらの奇行奇弁には、ずいぶん辞易(へきえき)したものである。

吉見さんによれば、「小松さんの奇行は、痛々しい左翼運動の後遺症みたいなもんやから、そこんとこ気遣ってあげんといかんよ」と、 常に気配りをされていたのが、久留島義忠さんであったという。