小松さんは、純真無垢まる出しで、幼児がそのまま大人になってしまったようなところのある方だから、小磯さんとは違って(失礼)、私のような若造の忠告にも即座に応えられる、実に素直な方であった。
しかし、当の私は、「大画伯に対して、よくもまあ、あのような無礼を…」と、いまだに赤面しつつ、このみずから恥ずべき実録テープをおこしている。
このような、二人だけが知る「事件」があって、翌年の新制作展の小松さんの出展作、『オバーライン氏邸』各60号の連作が誕生するのである。(オバーライン氏邸は現在神戸市に買取られ「ラインの館」という公開異人館になっている。)
その大作二点が、アトリエでの最後の仕上げを終わり、完成をみた日の払暁三時頃のことである。当時私は、六甲町三丁目の路地裏突き当たりの、路地口から素通しのあばら家に住んでいたのだが、その路地の入口から大声で怒鳴る人がいる。「夜中の三時に大声出さんでもええのに、人騒がせな…」と、表窓のすき間から路地口の方をうかがうと、小柄な人がいて、「森田君。森田君」を連呼している。夜目にもそれと分かる、小松さんである。そこいら中の飼い犬はほえ出すし、隣近所の人たちも「何事か」と外へ飛び出してくるやら、そんな大騒ぎをようやく静めて、ともかく小松アトリエへ同行した。

